1744年イングラン統治下のスコットランドでは、その年に制定された蒸留酒に対する重い課税から逃れるために、酒造者たちは密造酒を作るようになります。
密造酒というと粗悪なお酒というイメージがあるかもしれませんが、そうではなくイングランド王国の税関から隠れて作ったお酒ということです。
スコットランドは険しい地形に囲まれ、森林も広大で隠れてお酒を作るにはもってこいの土地でした。中でも,ハイランド地方(スペイサイド含め)は大麦の栽培が盛んでスペイ川も近く、都市からは山深い土地のため密造酒作りが盛んだったそうです。
〜スコットランドを流れるスペイ川〜 この川の周辺には約50もの蒸留所が稼働している
そうはいっても、イングランド王国も税金を確保するために、各農村部の要所に取り締まりのための拠点を設け、税関たちは不正な密造所がないか巡回しました。
密造者は巡回してくる税関からの摘発を逃れるため、あらゆる手段を講じたと云います。
密造者と税関の攻防の時代に生まれた心あったまるエピソードをご紹介します。真偽の程は不明です。また、心あったまらなかったら、ウイスキーであったまってください。
アンドリュー・マクファーソンの夢
1700年代のスコットランド、スペイサイド地方。豊かな自然と冷たい清流が育むこの地では、密造酒のウイスキーが密かに作られていた。この地に住む農夫、アンドリュー・マクファーソンは、その道では一目置かれる存在だった。彼の作るウイスキーは「山の宝石」と呼ばれ、その品質の高さで密造酒愛好家の間で知られていた。
アンドリューのウイスキーは、香り高い花のような芳香と複雑な味わいが特徴で、わずかな樽が市場に出回ると、すぐに買い占められるほどの人気を誇っていた。その噂は密造酒を愛する者たちの間を越え、時には上流階級の宴席にも密かに持ち込まれ、絶賛されることすらあった。
彼の普段の姿はただの農夫だが、内に秘めた情熱は静かに燃え続けていた。アンドリューは家族にも明かさず、自らのウイスキーを正規の酒造所で製品化し、スコットランド中に広めるという大いなる夢を持っていた。彼の密造酒は、そのための戦いの象徴だった。
密造の生活
アンドリューの密造は夜闇の中で行われた。小さなランプが照らす蒸留所で、彼と信頼できる仲間たちがひっそりと作業に没頭する。酒造りには危険がつきまとい、一度のミスが全てを失わせる。それでもアンドリューはその恐怖を感じさせなかった。彼の手際は鋭く、言葉は短くも重みがあった。「火加減を忘れるな。それが全てを決める。
税関役人との対立
この静かな戦場に現れたのが、ダグラス・モンゴメリーだった。冷徹な税関役人で、摘発の名手と呼ばれる男だ。彼の名が響くだけで密造者たちは怯えた。しかしアンドリューは屈しなかった。ある日、モンゴメリーの部下が村に現れたとき、アンドリューは冷ややかに呟いた。「奴らが来たか。なら、こっちはもっといい酒を作るだけだ。」
裏切りと襲撃
村の不穏な空気は次第に濃くなり、裏切り者の存在を予感させた。密告者は地元の若者、ジェイミーだった。彼は家族のために報酬を選び、アンドリューを密告した。襲撃の日、蒸留所の中でアンドリューは冷静に作業を続けていた。「仕上げろ。最後までだ。」その言葉通り、彼自身は逃げなかった。
増幅された罪
アンドリューの裁判は見せしめの場となった。モンゴメリーは彼を密造者の象徴として罰することを主張し、税金を逃れた額、密輸経路に流れた酒の量、そして彼のウイスキーが密造市場を拡大させたことを執拗に挙げた。その論調は冷酷だったが、真実を含んでいた。アンドリューは全てを聞いた後、ただ一言「うまいウイスキーが作れた。それで十分だ。」と呟いた。
悲劇の結末
処刑台の上で、アンドリューは最後まで毅然としていた。彼が群衆に語ったのは短い言葉だった。
「ウイスキーとは土地の魂だ。それを守るためなら、命など惜しくはない。」
その姿に人々は息を呑み、密告したジェイミーでさえもその場に立ち尽くしていた。
後の物語
アンドリューの死後、ジェイミーは罪悪感に苛まれながらも、彼の残したウイスキー樽を川に流す儀式を行った。その香りが辺りに漂い、アンドリューの夢が一瞬、現実となったようだった。
ジェイミーはその後、正規の方法でウイスキー作りに挑む人生を選んだ。彼の作る酒は決してアンドリューには及ばなかったが、そこには同じ志が息づいていた。
余韻
スペイサイド地方はやがて正規のウイスキー生産地として世界に名を馳せることとなった。その影には、アンドリュー・マクファーソンという男の名が静かに語り継がれた。彼の物語は、ウイスキーがただの酒ではなく、土地と人々の物語そのものであることを教えてくれる。
歴史に刻まれなかった数多くの物語が、かつてスコットランドには存在していたであろう。そんな想いを馳せながらウイスキーを味わうのも、また一興である。
コメント